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問題提起

【問題提起】保険の谷間問題~社長救出作戦パート1~

A社は"キューポラのあるまち"といわれた川口市で、古くから鋳物業を営む法人です。法人企業は法律上、社会保険(健康保険と厚生年金)に入らなくてはならないため、その規則に従って手続きし、従業員そして家族の病気・ケガに備えています。また、仕事中のケガに備え、労災保険の加入手続きも怠らず、補償には万全を期していました。

労災保険は雇われている人のための保険です。そのため、事業主が仕事中にケガをした時には適用されません。いっぽう健康保険は、業務上のケガには適用されませんので、事業主の業務中のケガに関しては、公的な補償がありません。A社の社長は、同業者の集まりでこの話を初めて聞いて驚きました。このままでは不安だと思い、社会保険労務士に相談に行ったところ、①不服申し立て、②特別加入、という2つの制度を教えてもらいました。

不服申し立て制度

原則として事業主等の仕事中のケガには、労災保険が適用されません。しかし、不服申立てをした結果、健康保険が適用されることもあります。この不服申し立てについて、以下に説明します。

1)制度の概要
労働保険・社会保険には、労働基準監督署や社会保険事務所など、行政機関の下した決定に不服がある場合に、不服申立てをすることができる制度があります。この不服申立て制度には、審査請求・再審査請求・異議申立て、があります。

例として、健康保険の給付金等の請求にかかる不服申し立て手続きを述べます。まずは都道府県に置かれている社会保険審査官に審査請求を行ない、その決定に不満であれば、二審機関としての社会保険審査会に、再審査請求を行なうことが出来ます。尚、それでも不満であれば、最終的には裁判所で争う、という流れになります

再審査請求までは、訴訟のように費用がかかることはありません。本人申請が原則ですが、素人では書類作成や適用する法律の条文解釈等、難しい側面が多々あるのも事実です。費用を要しますが、社会保険労務士を代理人に立てて依頼することもできます。

2)裁決事例
それでは、ある裁決事例をご紹介します。

【事例1】

平成7年11月、三重県で起った事件です。事業主Xは、会社の仕事として、オーストラリアへの留学生を空港まで送った帰りに事故に遭い、むち打ちと、頭や肩にケガをしました。この負傷に伴い休業を余儀なくされたXは、健康保険による傷病手当金の支給を請求しました。傷病手当金とは健康保険の給付で、欠勤4日目から給与の6割相当が補償されるという制度です。ところが、事故の状況から「業務外の事由による傷病」であるとは認められず、傷病手当金は支給されませんでした。この処分を不服として、まずは社会保険審査官に対して審査請求を行なったところ棄却され、更に社会保険審査会に対して再審査請求を行ないました。その結果、そもそも事業主は労災保険の対象にならないので、Xのケースは、仕事中の事故では あっても労災保険法上の「業務上」とは解釈しない、とされました。よってXのケガは、健康保険法でいう「業務外」に該当するとして、健康保険からの給付を行なう、という裁決を受けました。(平成9年7月31日裁決)

従来、健康保険法における「業務」の解釈は、「仕事の一環として行った行為」であるとされていました。しかし、Xのケースで出された裁決は、「労災保険で業務上の事故として認められないものは、業務外の事故として健康保険法で給付すべきだ」とする、まさに今までの「業務外」の解釈を変えた画期的な例なのです。そしてこの後、同様の裁決が続いています。関心がある方は、文末に続く事例をお読みください。

いずれも労働基準法の「労働者」としては認められず、労災保険の対象とはならない人たちのケースですが、不服申立てを行なうことにより、健康保険で救済されています。事業主の業務災害でも、公的な保険で救済されないと諦めずに、不服申立てを行なうことも一つの方策です。尚、末文の裁決例の中でも一部触れましたが、事業主には、業務上のケガを補償するために特別加入制度があります。 この制度については、続編の「パート2」でご紹介します。

3)問題提起

ご紹介した事例のように、再審査請求まで行なえば再三認められる事案にもかかわらず、大概の場合、現場の行政窓口では門前払いされてしまいます。行政通知や法律そのものに反映されていないためです。反映されていれば救済できた人が多くいることが推測されますが、この現実は、社会保険を利用する国民にとって大きな不利益ではないでしょうか。

この不服申立て制度をもっと身近なものとして周知させ、制度の利用者を増やし、今回の事例の様な 社会保険制度の欠陥を明らかにしていく必要があると考えます。そして厚生労働省は、社会保険審査会の裁決を尊重し、法律等に反映させる形で、社会保険制度を国民のために、より使いやすいものにしていくよう、強く望みます。(以上)2002.2.1寄稿

※以下、裁決事例紹介の続きです。

【事例2】

平成8年3月に京都府で起った事件です。午後6時25分頃、事業主のYは、岩石採取場において、5~6メートル程度の高さに置いてあったパワーショベルを、明日の仕事のために降ろしに行ったところ、足下のバランスを崩して転落し、不運にも左足を切断してしまいました。訓練用仮義足を装着した時の療養費を健康保険へ請求したところ、業務外の傷病であるとは認められず、支給されませんでした。この処分を不服として社会保険審査官に対して審査請求を行ないましたが棄却され、更に社会保険審査会に対して再審査請求を行ないました。Yは中小企業の事業主であり、労災保険の特別加入をしていたのですが、時間外の単独作業中の事故だったため、労災保険の対象とはされませんでした。よって上記Xのケースと同じく、この事故も健康保険法でいう「業務外」だと解釈し、健康保険による給付を行なう、という裁決を受けたのでした。(平成9年8月29日裁決)

【事例3】

平成8年10月に沖縄県で起きた事件です。専務取締役のZは、事業場内で飼料運搬車への積込み作業中の運転手の手伝いをしようとして、車上から誤ってコンクリート面に転落し、負傷してしまいました。健康保険証で受診したZは、首から肩にかけてのしびれと腰の痛みに対するマッサージの施術を受けたところ、要した費用の返還を求められました。これを不服とし審査請求を行ない、またその結果が更に不服だとして、再審査請求を重ねました。業務執行権のある取締役の事故は事業主同様、労災保険法の対象にされていません。よってXやYのケースと同様、仕事中の事故であっても労災保険上の「業務」には該当せず、健康保険法による「業務外」として給付を行なう、という裁決を受けました。
(平成10年8月31日裁決)

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