問題提起
社会保険の強制加入の実態
私「今日は、社会保険事務所より委嘱された社会保険労務士です。」
「社長さん、社会保険の加入はお済みですか?」
会社「うちは、いくらでも保険はかけているからもういらないよ。」
「損保に生保、それに何とか共済もあったかな・・・」
私「いやいや、社会保険ですよ。」
「健康保険と厚生年金保険です。」
「会社であればすべて加入しなければならないのですよ。」
会社「入っていないところ、いっぱいあるじゃないか」
「何でうちだけ勝手に来るんだ。忙しいから帰って帰って」
これは、我々社会保険労務士が、社会保険未適用事業所巡回指導で遭遇する一幕です。
(1)法人事業所(会社)
(2)常時5人以上の従業員が働いている会社・工場・商店・事務所などの個人事業所
上記の場合、健康保険と厚生年金保険に加入することが義務づけられています。
加入するためには、事業所を管轄する社会保険事務所で、新規加入の手続きを行わなければなりません。
上記のやりとりの他にも、
・うちは、小規模だから入らなくてもいいだろう。
・よその会社は、国民健康保険に加入しているらしいので、うちもとりあえず国保で良いよ。
・新聞やニュースで聞いたが、厚生年金の保険料は高いのに将来もらえるかどうかわからない。年金はあてにせず自分で将来のために貯金した方がいいよ。
・従業員の分まで負担するのは、大変だから入れないよ。
・うちは、節税対策のために法人化し、高齢の夫婦だけで営業している。家族のみの営業だし他人は採用の予定もないので入らなくてもいいでしょう。
・うちは国保組合に加入しているし年金についてはそれぞれが国民年金に加入するでしょう。
・うちの顧問税理士が、社会保険など入らなくてもいい。また、それほどの利益もないのに社会保険加入など無理ですよ。
などという返事もかえってきます。
我々がどうやって新規の事業所を探し出すかといえば、各地の法務局へ出向き、新規に登記を行った事業所をピックアップします。その資料を社会保険事務所へ持ち帰り、新規適用の手続きを行った事業所はそのリストから抜き、残った事業所を手分けしながら巡回指導を行います。そもそも、法律では強制加入になっているにもかかわらず、新設の法人を探し出してチェックし、巡回しなければならないのは何故でしょうか?社会保険新規適用の手続きの際に、税務署への開設関係の書類(開設届他)を添付することになっています。社会保険に加入していない事業所の開設は、認めないように出来ないものでしょうか?
事業を興したばかりで売り上げの見込みもたたない状況で、高額な保険料の負担は酷である、という判断で強制加入がうやむやになっているのでしょうか?もしや社会保険事務所は、果たして保険料を定期的に払えるかどうかわからない事業所を加入させることに不安を感じているのでしょうか?加入しない原因の一つに保険料が高くて負担できないという答えが必ずあります。本来加入しなければならない事業所が加入をしていないからこのようになっているようにも思えます。加入中の事業所で売り上げが落ち込み、保険料の負担が厳しい中で、毎月苦心しながら保険料を納付している事業所もたくさんあります。いっぽう中には、経営が苦しいというだけで、社会保険から脱退する事業所もあるようです。
また、こんなこともあります。厚生年金の被保険者として在職する60歳以上の方は、自分の受ける報酬に応じて年金を減額されています。それに対し、会社を退職し、無職、若しくは週にわずかのアルバイト程度の方は、全額の年金を受けることが出来ます。しかし、社会保険に未加入の事業所に勤める60歳以上の方は、たとえフルタイムの勤務であっても、無職の方たちと同様に年金を減額されずに受給しているのです。勤める方が制度のことをどこまで知っているのかわかりませんが、自分の年金の手取り額を増やそうと社会保険未加入の事業所に就職するケースもあるでしょう。片方は、収入に応じて減額され、他方では給与を受けた上に年金を全額受けている。この不公平さも本来、すべての法人が加入しなければならないにもかかわらず、加入していない事業所が多数あるからです。年金財政がひっ迫している原因の一つがここにもあるように思います。
社会保険に加入している事業所は、不定期ではありますが、社会保険事務所の総合調査や会計検査院の監査対象となります。社会保険適用漏れの指摘を受けて、最高2年間遡って資格取得の手続きを取らされ、多額の保険料を徴収されることもあります。事業所は、経費を抑えようと手続きせず、また常勤のパートタイマー等の加入手続きを怠るケースもあります。本来加入させなければならない人が加入していないわけですから、指摘を受けることはやむを得ないところです。しかし、本来加入しなければならない未加入の事業所が多数あり、保険料の負担もなく制度を無視している事態を放っておくことは、実におかしく、こちらを先に解決すべきではないでしょうか。指摘を受けた事業所にとっては、会社である以上すべて同じ土俵の上で調べてくれと言いたくなることでしょう
巡回指導を通して、時には「あえて良かった。」「手続きの方法がわからなかった。」「年金について話を聞きたかった。」「話を聞いて考え方が変わった。」「2、3年前に来てもらったがそろそろ加入します。」という言葉を聞くこともあります。そんな時は、巡回して良かったなと思います
社会保険は強制加入のはずなのに加入していない事業所があり、また加入しなくても何の罰則も受けない。正直に加入している事業所だけが保険料の捻出に苦労していることは、実に不公平です。事業所に勤める従業員が、自分のため、家族のため、老後のため、安心して働けるように、制度をうまく機能させなければならないと思います。(以上)
2001.5.22寄稿
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